その30 冬のにおい

その30 冬のにおい

冬がきた。そう思った矢先に季節が逆戻りする日が何度かあったけど、さすがにもう冬だろう。
やっと来た。冬が好きだ。夏が苦手な分、なおさら冬が好きだ。

木漏れ日の上で、少し大きめの枯葉がカサカサと一斉に移動する。そこへ大きな風が来て景色を揺さぶり、光、音、温度、土埃の匂いなんかが目の前でくっついて化合する。そうして立ち上がった「冬の匂い」が、鼻先をくすぐる。

枯葉は一気に宙を舞い、わたしは、大きな弧を描いて飛んできたボールを思い切り打ち返すような爽快さで、それを見送る。空高く舞い上がって、風に飲まれて、どんどん小さくなっていく。
いつかのフェンス越しの、ベンチに座るだれかの後ろ姿。駅前の大通りで、降り積もる雪をヘッドライトが斜めに照らす夜。悴んだ耳を覆った手袋の、毛糸の感触。冬の記憶と目の前の景色が行ったり来たりするひととき。

心地よい時間を受け止めているとき、心地よい感情が静かに増刷をかける。だから「冬の匂い」がやってくるたび、記憶は少しずつ厚みを増し、やさしいベールをまとっていく。

物事にはたいてい正体がある。解明したほうがいい時、その必要がない時、そして、解き明かさないほうがなんとなくいい時がある。冬の匂いは、掘り下げずに優しくしまっておきたい気配だ。

Back to blog