その56 風まかせ

その56 風まかせ

風が街を揺らす帰り道。この風は、明日の朝には台風になるらしい。
公園を囲む夏木立が、しなるように揺れる。木々を繋ぐようにしげる青々とした葉が一斉に裏返る様は、まるで風車のように風を形にする。あちこちで葉が擦れる音がひとつになって、この街の空模様の急変を知らせている。
いつもの帰り道で、ビニールが飛び、閉店したお店の幟が忙しなくはためいている。区営施設の前では、知らない者同士の自転車が重なり合い、ガードレールにはTシャツが引っかかっている。風まかせとはどこかお気楽な感じのする言葉だが、実際の風まかせはだいぶ過酷そうだ。

歳を重ね、「当たり前」であることに、大きな幸せを感じるようになった。「あ、いまとても幸せだな」「心が静かなのっていいな」「なんでもないって素晴らしい」日常のちょっとした瞬間、そんなふうに感じる。でも当たり前だから、満足感は日常にじゅわっと溶けていく。それは忘れてしまう感覚とは違う。良いことも悪いこともある日々の中で、心の置き場所を整えるような穏やかな救いだ。
前屈みで自転車を走らせながら、そんなことを考えていた。

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