贅沢な時代

贅沢な時代

それにしても、気づけば驚くほどに便利な世の中だ。

ドラえもんの「糸なし糸電話」、ウルトラセブンの「ビデオシーバー」。アニメや特撮の、そんなわけない世界が、「スマホ」としてそれどころではないレベルで、今やすっかり生活の必需品なのだから。

連絡も移動も買い物もこれひとつ。ストリートビューで懐かしい街を散策できるし、ビデオ通話で遠く離れた人の顔が見られる。SNSでは、懐に入らずとも、通りすがりに誰かの考え方やユーモアを垣間見て、知らない人に魅力を感じられる。難しい説明はAIが解いてくれるし、ドラマの続きを移動中に観られる。音楽は定額で聴き放題だ。挙げていけばキリが無いし、まだまだ知らない性能もたくさんあるのだろう。便利な世の中だ。機械にさほど触れていないわたしですらテクノロジーの進化を日々体感するのだから、目まぐるしい激変の、まだまだ渦中にいるのだろう。それはなんというか、使いこなせない程度に、ちょうどよくとんでもない。いい時を生きているなと思う。

さらにこの先には、ニューヨークまで宇宙経由で40分の超高速移動や、渋滞ゼロのエアモビリティ、瞬間翻訳コンタクト、ドリームレコーダーなどなど、ドラえもんの道具みたいな未来が待っているというのだから、全くすごい話だ。

そんな時代にわたしは、主に古いものを扱うお店を営んでいる。とりわけ「古いものが好き」というわけではない。ただ、自分が「良い」と思うものを集めていったらそうなった。そしてそれを今は、オンラインという現代的な方法で販売している。

「不易流行」や「温故知新」、
「不便な贅沢」「古き良き時代」「丁寧な暮らし」——

どんな時代にあっても、自分の眼差しで世の中を見つめていたい。そのときどきで、「これが良い」と選び取ること。それができる今という時代は、とても自由で、贅沢だ。

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