その63 凪

その63 凪

係留場の屋形船が体をかしげて波打ち、船体を飾る提灯は、別もののように騒がしく揺れている。荒波でロープがほどけてしまったら、この船は一体どこまで無事に流れていけるのだろうか。
波の音だけが響く障子の締まった船内で、緩やかな船底天井と誰もいない座敷のあいだに、藁の匂いがかすかに立ち込める。

穏やかな流れは、止まっている景色よりも静かだ。
膨らんだつぼみから鮮やかな色が顔を覗かせた時のように、最後の砂が砂時計を落ちていく時間のように、夕凪のなだらかな水面を、さざなみが光を連れて向こう岸へと走っていく。

雨の隅田川で、ぼーっと考えごとをしながら、わたしはいつか見たさざなみに身を任せていた。

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