その57 記憶

その57 記憶

エアコンの風に、間仕切りのカーテンがおおらかに靡いている。その下で眠る猫のおなかが、いびきに合わせてまったりと膨らんで、へこんで、また膨らむ。
エアコンの風と猫のいびきだけが響くリビングで、差し迫った問題もない穏やかな昼下がりを過ごしている。

会社勤めを辞めてから、今まで通り過ぎていたような出来事を、立ち止まって見つめる時間が増えた。それはちょうど、欄干に肘をついて、水面にさす光のきらめきをぼんやり眺めているような、ゆっくりとした時間だ。この時間が記憶をつれてきて、過去の出来事を再構築していく。
記憶が時間を追いかけて、過ぎていく時間をなぞる。記憶が感情を揺さぶって、出来事を物語にしていく。時間が許す限り、古い記憶を目の前に広げて、捕まえてきた時間を塗り足していく。新しい時間が、あの頃は見えなかった真実や、言葉にならなかった感情を、物陰から引っ張り出してくる。
時間が記憶を呼び、記憶が時間を呼ぶ。反芻を繰り返しながら、物語は何度もかたちを変える。

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