その36 夢のようなひとときについて
Share
夢のようだ、と感じることが増えた。言葉で言い表せないひとときだ。
わたしにとってそれは、たぶん言葉が見当たらないのではなくて、言葉で言い表さないほうがいい時間だ。そしてそれは、時間そのものではなく、目の前の景色のうえを感情や気配が流れていくような情景に近い。いつも輪郭が曖昧で、幻想的で、定義するのがむずかしい。それはまるで、水に絵の具を落とすような時間だ。
透明な水に、色が一滴ぽつんと落ちる。ほかの色がぽつぽつ落ちて、絵の具は順番にじゅわーっと広がっていく。混ざり合ったところに生まれた新しい色が、揺れながら、少しずつ薄まっていく……。
明け方、ぬいがベッドにやってくる。サイドテーブルからこちらへ、ぴょこんと飛び移ると、そのまま枕にやってきて、向こうを向いて横たわる。
その柔らかな丸みのある腰に頬をもたせかけると、グルグルという大きな音が胸に響く。ほどよい弾力を包む綿のような毛並みに沈む、そのひとときに名前はない。境界がぼやけ、感じがゆっくり広がっていく。
ーーこれは、以前ブログに書いた冬の日のひとときの話だ。生きていると、ああいった場面にときどき遭遇する。何も考えず、しばらくそのひとときに包まれていたいと思う。壊さないように、少しだけ息をひそめる。
あとに残るのは、対象への感情だけじゃない。そのときの景色や気配、それを受け止めている感覚ごと、心に残っていく。何があったか、という本筋だけが出来事なのではない。そのときの光景や温度、感情をまるごと包み込んだ記憶が深く残っていることには、きっと意味がある。時には、当時は退屈だと感じていた記憶が、今を温かく照らすこともある。
言葉ではなく、そのひとときを包み込む柔らかな風が、自分の大切にしている部分をふんわりと揺らして、過去と今をつないでいく。