その51 ぬいちゃんのうんち

その51 ぬいちゃんのうんち

わたしは今、夫と猫3匹と共に暮らしている。猫の数が人口を上回る暮らしの中、猫の気持ちを考える機会が幾度となくあるのだが、それでもどうにも、気づけない後悔は尽きない。

ぬいちゃんは、我が家に迎えたその日からマイペースでどっしりと落ちついていて、すぐに家に馴染んだ。うんちもおしっこも、その日のうちに迷いなくしてくれたのだが、そのうんちが、夫と顔を見合わせてびっくりするくらいに臭かった。なんてかわいい個性なんだと笑ったことを覚えている。
それから、ぬいちゃんはごはんをあまり噛まない子だった。迎え入れた当初病院で、「多少歯石はあるが痛がるほどの状態ではない」と言われていた。口臭も多少気になったけれど、ぬいちゃんに限ったことではないし、あまり問題視せず、毎日歯磨きを続けた。
そしてぬいちゃんは最近、おやつをすこし残すようになっていた。奥歯が抜けたのは、ごはんの最中だった。
歯石取りの手術を終え、抗生剤を飲み終えたぬいちゃんのうんちは、普通のうんちの臭いだった。いろんな事がひとつにつながった時「痛かったんだ」と、遊んで、甘えて、お腹を出して眠っていたぬいちゃんの気持ちを初めて想像した。

ふくちゃんが体調を崩して下痢が続いた時、元気なさげに丸くなるふくちゃんを見て「おなか痛いんだろうな」と思ったのだが、その時にふと気づいたことがある。これまで何度も猫が下痢をすることはあった。わたしたちはそのたびに原因を探り、病院に連れて行き、考えられる限りの対策を練ってきたけれど、「下痢してるってことはおなか痛いんだろうな」という当たり前の想像を今までしていなかったのだ。
原因を探したり対策を考えたりするうちに、そのいちばん単純で、いちばん大切なことを想像する回路が抜け落ちてしまっていた。

猫の気持ちなど、本当のところはわからない。聞きようもない。だけど猫は素直だ。それに猫も人も同じようなものが大体同じような場所についていて、同じ働きをするのだから、つまらないときはつまらなそうだし、嬉しいときはどう見ても嬉しそうだ。 本当のところはわからなくても、想像する時間が愛情として猫たちに伝わっていたらいい。後悔は尽きないが、それでもそれが、わたしから猫への最大限の愛情表現であると思っている。

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