その48 見慣れた風景
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夕方、いつもの大通りを自転車で走る。
2月の終わりに20度を超える日が続いたかと思えば、今週東京に雪が舞った。日常の背景で、季節は少しずつグラデーションの変化を続け、気づけばもう春がきた。昼と夜が互いに影響を受けあうかりそめのひとときに、白木蓮が提灯のように夕日を灯して通りを彩っている。
心地の良い夕方の信号でふと気づく。見慣れたはずの街並みに、見たことのない家が建っている。改めて見れば、どう見ても古くからある佇まいで、ずっとそこにあったはずなのだ。
風景には時々、思い出がしまってある。実家の柱のキズ。かかりつけ医の待合室で、いつまでも色褪せたままの造花。デパートの屋上から見上げる、塔屋看板の文字。ずっと変わらずそこにある、時間の落とし物のような風景だ。そこに立つと音がして、匂いがして、いつもあの時間へ戻っていく。
一歩足を踏み入れると、もうそこは馴染みの場所ではなくなる。人もそうだ。知らない側面を覗き込むと、もうそれは顔馴染みの横顔ではなくなる。
いつも通りって、なんだろう。自転車を止めて、鍵をかけて、家に入る。風景には必ず、見えない続きがある。